2017年7月17日

小説/お題「サイコパス」「子供」

お題「サイコパス」「子供」

 ぶよぶよに膨れた風船のような頭を僕は何度も指でつつく。するとそいつの皺まみれの顔はさらにくしゃくしゃになって、僕の目をまじまじと見つめてくる。まだ小さなそれを腕に抱いていた透子が嬉しそうに笑って、僕に言う。
「かわいいね、彩子」
 わからない。わからないけれど、とりあえず頷く。この指で頭を突き破ってみたら破裂するんじゃないかと思ったんだ、と思ったことは口には出さずにしまっておく。

 全然可愛くない子供。彩子は生まれたときから全然笑わなくて、「かしこそう」と話す透子とは裏腹に、僕にはとても気味悪く感じられた。

 一年ほどして言葉を覚え始めた彩子は言葉になっていない言葉をひたすら話して透子を笑わせた。僕にとってもその時期が一番平穏で幸福だったように思う。
 それはさらにそこから二年が過ぎた頃、ようやく僕と透子は異常に気付いた。彩子はほとんど語彙を増やさないどころか、毎日同じフレーズを繰り返すようになったのだ。

「おもいだして、いたみ」

 さすがにこれはおかしいと病院に連れて行ってもなんの異常も見当たらない。
 「何のことだろうね?」と気軽に透子に持ちかけてみると透子があっさり僕に言う。
「もしかしてなんだけど、彩子はあなたの過去のことを言ってるんじゃないのかな?」
「あ? でもそんなこと彩子の前で話したことないし知りようがないだろ」
「わかってるよ、そんなこと。だけど、あなたの表情とか、言葉の温度から、察することはあるかもしれないでしょ? そういうのけっこう子供は得意なんだよ。それに彩子は昔から不思議な子だったし」
「あのな。不思議って言葉でなんでも片付けようとするなよな」
「それはそうだよ。私はただ思ったことをなんとなく話しただけで、深い意味なんてないんだよ? それよりも真面目に捉えすぎてるあなたのほうがおかしいよ。疲れてるんじゃない?」
 そうかもしれない。
 自分が疲れていることに気付いた瞬間に立てなくなるってことは本当にあるもんだなと思って、急に会社に行けなくなってしまった僕は透子にも言わず会社を休んで実家に帰り、そして父親と母親、両方を殺しに行く。
 案外大丈夫かもと思っていたけど全然ダメだった。親に何度も殺されかけたことがなくなるわけではないにしても、ここらで清算しとかないと僕はこの先やっていけなくなるだろう。でももう、これで大丈夫だ。
「クソがクソみたいな遺伝子を残すから、こういうことになるんだ」
 風呂場で鉈を振りかざすと、浴槽で縛られて丸まった母が笑う。
「あんたの子も同じや」
 最期の言葉を断ち切るように首を裂いた。

 その日のうちに透子の待っている家に戻ると彩子が血まみれで立っていた。
 彩子の足元には何かが転がっている。首だ。長くて艶のある髪が血を吸って固まっている。透子だ。
「おもいだした?」
 彩子が言った。
「ああ」
 頷いた。僕にははっきりと彩子の言っていることがわかった。
「ごめん、彩子……」
 でも許されたいだなんて思わなかった。透子に隠れて何度も彩子を殺そうとしたことが、なかったことにはならない。
 彩子が包丁を振り下ろす。僕のアキレス腱が切れ、床に崩れ落ちる。彩子の顔を見上げて、僕は思わず笑った。
 彩子が生まれて初めて笑ったような気がしたのだ。彩子はもう一度包丁を振りかざす。
 僕はようやくこれで全てが終わると思った。
 いや、全て、ではないな。
 彩子にそれを伝えようとしたところで、僕は尽きた。
 まだ、彩子がいる。




テキストファイルのタイムスタンプが上書きされていて、いつ書いたのか分からない。そもそも書いた記憶がまったく無い短編が出てきた。ちなみにこれにタイトルはついていなくて、「お題「サイコパス」「子供」」というのはファイル名になっていたものでそれをそのまま題にした。「お題」って何だよと思う、全く心当たりがない。
とにかく別に面白い話とかじゃないけどいきなり親を殺しに行く流れを読んで「あーこれ僕が書いたのかも」みたいな気になってきて笑った。相変わらずちょっと舞城っぽいのが痛い。
自分の書いた文章なんだろうけど自分が書いたという気がほとんどしないので他人事みたいな感想しか出てこないのが面白い。僕には面白い。

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